温かい湯に浸かる、そんな当たり前のことをこんなに穏やかな気持ちで出来るのはいつぶりだろうかと、改めてしみじみと考える。同じ湯船に浸かりながら黙り込んでいる実弥もそんなことを考えているのかもしれない。


全ての戦いが終わって、鬼殺隊が解散になった後、行く当てのない私達は確認しあうことはせずともごく自然な流れて同じ場所に身を落ち着けた。


「せめぇな」

「私も、もっと広いお風呂がある家が良かったな」

「勝手についてきて文句言ってんじゃねえよ」


指の数本を失った実弥と、未だうまく身体を動かすことが出来ない私は交代でお互いの髪や身体を洗う。私達の後遺症は他の隊士達に比べれば限定的だ。慣れれば恐らく以前と変わらない生活が出来るだろうけど、今は二人補い合いながら手探りの生活をしている。世話を焼かれることが煩わしいのか実弥はその度にため息をついたり、憎まれ口を叩くけど大人しく私の言う事を聞いているあたり、随分丸くなった。それが嬉しくもあるし、穏やかな時間に私も慣れずに少しこそばゆさを感じたりもする。


「風呂ぐらい一人で入れよ」

「私だって早く一人でゆっくり入りたいし、料理とかも時間かかるし、面倒くさいことだらけだよ」


不便を感じるたびに失ったものは大きかったのだと思い知る。風呂に入るのも、料理を作るのも、買い物も洗濯も私達は二人で一人前になってしまった。私はもう一人では生きていけないし、実弥もそれを拒まない。辛いことが何も起こらない日々は酷く幸せで、未だ落ち着かない。



「でも、生きてるだけマシか」


実弥は目を閉じたまま「違いねえな」とだけ言った。背中を預けてもたれかかると実弥の心臓の脈打ちを感じて、生きてる、と実感する。

無音の空気の中でチャプチャプと湯の波打つ音だけが響いている。もう私達の静かな夜を邪魔するものは、何もない。





琥珀片のゆらぎ