その夜は平古場先輩とした酷く不健全な行為を思い出してボロボロ泣いた。 平古場先輩のことがずっと好きだった。テニス部のマネージャーをしている友人に頼み込んで、「オススメはしない」という彼女の忠告までも無視して平古場先輩のアドレスを手に入れて、メールをし始めて、先輩のお家に誘われるまではものの一週間もかからなかった。 憧れの先輩の部屋にいるなんて信じられない、なんて余韻に浸る暇もなく、先輩はベッドの上に腰掛けて、自らの横に私を呼んだ。先輩が先週金曜ロードショーでやっていたハウルの動く城を見逃して、DVDを私が持っているので、それを見るという約束だった。ハウルって先輩にちょっと似てますよね、と言うと、それたまに言われんだけど俺見たことねーの、と言うので私は張り切って、なんなら解説まで入れるつもりで今日と言う日に臨んだと言うのに、先輩はPS2で映画を流してはいるものの、完全に意識は他のことに向いているように思えた。その証拠に、わたしの肩を寄せる左手は様子を伺うように私の体をゆっくりと這い回っていた。 くすぐったいです、と言うと先輩は、えー?と私の返事を誤魔化すように言って、じゃあこれは?と言ってブラウスの裾から直に私のお腹の辺りを撫でた。手馴れていた、完全に。それでも、憧れの先輩からの誘いを私からは断れるわけが無かった。私はやめてください、なんて言いながら笑っていたけど、私から拒否の空気が無いことを汲み取った先輩は、そのまま凭れ掛るように私に体重をかけて圧し掛かってきた。そりゃあオススメはしないわけだ。 そこから何かが始まるのであれば私は一向に構わない、そう思って先輩のキスを受け入れた。もちろんそれで終わるわけもなく、最後までしてしまった。私が帰ろうとすると先輩は、コンビニに寄ると言って途中まで送ってくれて、別れ際にキスをした。先輩は「ほんじゃーまた」と言っていたけど、私がその夜に送った「今日は楽しかったです。また遊んでくれますか?」というメールに返信はなかった。 待てど泣けど先輩からメールが返ってくることはなく、先輩が本当にそういう世界に住む人なのだと悟った。それでも諦め切れなかった私は恥を捨て、先輩の家に会いに行った。話したいことがあるので家の前で待ってます、とメールすると、流石の平古場先輩もすぐに出てきてくれた。玄関から顔を出した先輩は心底気だるそうで、わたしに返事をしなかったことなど少しも悪びれる様子もなく「久しぶり、どした?」と言った。 「いえ…メール返ってこなかったんで…先輩どうしてるのかなって…家まで来ちゃってすみません…」 「ああー…わりぃ忘れてて」 「あ、の…、先輩とあんなことになっちゃったけど、あれっきりは寂しくて…」 「あー…、うん」 「これからも、仲良くしてくれると…嬉しいです…」 「あーもうそれは全然、うん、するする」 「それで、あの、…私と付き合ってくれませんか」 「えっ?あ、えーと、それは…ちょっと、ねーかな…」 「ダメ…ですか」 「そーゆーつもりじゃなかったっつーか…付き合うとかはなー、なんつーか…」 言葉を濁す先輩を助けるように家の奥から、「オイー、凛こねーと進み方わかんねーだろー」と男の人の声がした。恐らく先輩の友達が遊びに来ているのだろう。先輩はすぐ行く、と叫んで、私には、うん、ごめん、とよく分からない返事をして背中を向けた。先輩と話したのはそれが最後で、私はそれ以上先輩にしつこく付きまとうことはなく、元々学年も違うし、クラスが離れていたこともあって、偶然すれ違うなんてこともなかった。 告白は駄目元だった。言われずとも先輩にそんなつもりがないことは分かっていた。ただ試したかった。どうせ駄目なのだとしても、私の中でよく分からないままになったままにするのは嫌だったから。先輩のアドレスを教えてくれたマネージャーの友人は平古場先輩とどうなった?と聞いてきたけど、多分想像通りだよ、とだけ言っておいた。友人はやっぱり、と言うように呆れた顔をして、そういう人だから落ち込むこと無いよ、と言ってきたけど、私はもっと落ち込んだ。先輩は同じ手口で何人の女の人を抱いてきたのだろう。どうしようもない状態、というのはこのようなことを言うのだろうと思った。きっと、あの場のセックスを断っていたとしても先輩との二回目のデートはなかっただろうし、付き合えることもなかったんだろう。 本当に憧れていた。何度も試合会場に足を運んで、その度になんて魅力的な人なんだろうと胸を躍らせた。平古場先輩のことが大好きだった。近付かなければ良かったんだろうか、でも焦がれて仕方なかった。 私初めてだったんだよね、と自嘲気味に笑うと、友人が酷く哀れんだ顔をしたので、私は先輩の薄い胸板とか、荒っぽく私に触れる骨っぽい手とか、指を絡めるとスルリと通る細やかな金髪を思い出してまた少し泣いた。何も無いよりはマシだ、そう言い聞かせることでしか前に進めそうに無い。 11. これが夢なら良かったのに |