何か、何なんだろこれ。








来るときに駅前で無理矢理気味に渡されたティッシュがこんなに役に立つと思わなかった。最後の一枚で鼻をかみ終えるといくらか冷静になって、自分の今の姿を思い出して慌てて某ネズミの顔がプリントされているカボチャのマヌケな帽子を脱いだ。さらに彼女が100円ショップで買ってきた黒マントも外したけど、私服に戻ったところで今の俺の間抜けさは拭いきれないものがある。
見るからにコスプレじみた真っ黒のワンピースに悪魔の角がついたカチューシャと尻尾を付けたままさめざめと泣く彼女も中々だったけど。彼女も今頃冷静になって慌てて着替えているだろうか。まあ、百歩譲って女の子はいいとしても、こんな格好の男を夢の国のど真ん中に一人置いていくっていうのは結構ありえないんじゃないだろうか。仮装した男が一人ベンチで泣いているのだからチラチラと見てはいけないものを見るような人々の、主にカップルの視線が痛かった。








何なんだろこれ、と同じ言葉しか頭に浮かばない。








ハロウィンに仮装してディズニーランドに行きたい、という彼女のこっ恥ずかしい要求に嫌々ではあったけど応えてやった俺がどうしてこんな思いをするんだ。
喧嘩の発端はもうよく分からない。でも結構くだらないことで、とりかえしのつかないよう内容ではなかったことだけは確かだ。ただいつもならぶつくさと文句を言う彼女の小言もへらへら笑いながらスルー出来るのに、ハロウィンによる混雑で1時間以上並ぶアトラクションの大行列に俺も少しイライラしてた。文貴はあーだこーだとうるさい彼女の方を見向きもせずに「じゃあもう好きにすれば?」って言ったら「文貴はいつもそうじゃん」なんて言いながら泣き出して、仕方なしにフォローしようとしたら「文貴がそんなんだから私も加藤に揺らいじゃうんじゃん!」とか頼んでも無い大暴露をしやがった。は?何で加藤の話が出てくんの?と一瞬頭の中に過ぎったけど、それを口にするまでもなく、俺とが付き合う前から加藤がにちょっかいをかけていたことを思い出す。こんな時の自分の無駄な鋭さが憎い。そういえば一度友達が見たがってるからとか頼んでもない言い訳しながらサッカー部の試合見に行ってたっけ。が付き合って欲しいって言うから付き合ったし好きになったのに、当のは俺と付き合ってからも加藤と連絡取り合っててモテ女のごとくキープして、やっぱり加藤もいいななんて偉そうなことを考えているのかと思うと燃え上がるように怒りが沸いてきて「もうどうでもいいから好きにすれば」と言うと「じゃあもう別れよ!!」とが泣き叫んで列から飛び出した。残された俺の気持ちを考えろ。ていうかあと十分ぐらいでアトラクションに乗れそうだったのに、とか思ってるから俺はうまくいかないんだろうか。









人々の痛い視線を浴びながら俺も列を抜け出して、空いているベンチに腰掛けた。どう考えたって死ぬほど腹が立つし、裏切られるってこういうことなのか、なんて考えていたらやるせなくなってきてボロボロと涙が出た。
自慢じゃないけど告白されて付き合ったことしかない。けどフられて別れたことしかない。俺は人に嫌われたくないから俺も人を嫌わない。人の好意にはめざといし、物事を荒波立てずに済ませる方法も知ってる。だから要領良しの俺は人に好かれるけど、器用貧乏だから合わせることしか出来ない。
そんな偉そうなこと言えるほど別にめちゃくちゃモテるってわけじゃないけどどうしようもないって程じゃない。それは花井とか他の奴も変わらないように見えるのに、何でか俺だけが上手くいかない気がする。
上手くいかなくて、傷つくのが怖いから何にも執着しないフリをして無欲を装う。










どうでもいい、ってことはなかった。腹が立ったのはのことが好きだったからだし、別れようと言わせてしまったのは紛れもなく俺だ。本当にどうでもいいと思っている奴のためにあんな恥ずかしい格好をしてディズニーランドになんて来るわけないだろ、ってちゃんと言わないから、向き合わないから、俺は駄目なんだろうか。マントや帽子を買ってきた時のの嬉しそうな顔を思い出す。加藤に揺らいでいるのが事実だったとして、俺のことが好きじゃなかったわけではないと思う。ただそれを言わせてしまったのは俺だ。










「だせえ…」











ぼろり、と苦い後悔がまた目から流れ落ちる。















呑み込む前の熱