「ほんま物好きですよねえ、普通隠岐でしょ」 「普通じゃないよねえ、こんなに水上なんて」 本部の食堂は美味しくも不味くもない。好きな人と食べる食事はそれだけで美味しいなんて説もあるけど、水上と向かい合って食べる食事はいつも味がしない。私にとって彼との食事は、彼と時間を過ごすための理由でしかなく、最後の一口が終わったら、次はどう彼の気を引こうかということで頭がいっぱいで、味を堪能する余裕はない。 「野菜嫌い、はいあげる」 アスパラのソテーを彼の顔の前に差し出すと、躊躇うことなく口に入れる。 「好き嫌いダメですよー」なんて可愛いことを言って、中途半端に私の好意を受け入れる。水上にそんなつもりはなくても、その無防備さが余計にわたしをムキにさせる。 大学進学に必要な小論文を譲るなんて言って、ほぼ無理やり押し付けて、さらに見返りに昼ごはんを奢らせるという恐喝めいた誘いにも水上は嫌な顔をしない。私よりずっと成績優秀な水上には、昨年私が先輩のものをほぼ丸写しした小論文なんて何の参考にもならないだろう。 水上の言う通り、何で隠岐じゃなくて、この無愛想な男がこんなにも可愛いのだろう。分からないけど、気付いた時には水上だった。私を否定しない彼には簡単に気持ちをぶつけられた。計算なのか、何も考えていないだけなのか、私のぶつける好意を受け取るでもなく拒否もしない。押せばいけるのか、本当に私に興味がないだけなのか、イマイチつかみどころのない彼に、私はずっと勝手に振り回され続けている。 そもそも彼の成績であれば別にボーダー推薦の大学に上がらずとも、県外に出ればもっと彼に見合った知識を得られる学校があるだろうに、彼はそんなことにもこだわりを見せなくて、「地元に帰る」とか言い出すんじゃないかと心底怯えていた私をまた喜ばせた。 「無事入学出来たらオフ合わせて遊びにいこーよ」 「えーけど、三門で遊びに行きたいとこなんてあります？」 「県外でもいいじゃん、遠出デートしようよ」 「デートやったら行きませーん」 「何が違うのよー」 「いやいや、俺大阪に彼女おるからって100ぺんぐらい言うてますよね？」 多くのことにこだわりを見せない水上が、一貫して曲げないこと。それが大阪にいるらしい「彼女」のことだけ。姿の見えないその存在を私はあまり現実的に受け入れられずにいる。ただそれがある限りきっとこの距離はこれ以上縮まらない。 三門の大学を選んだからと言って、彼女より私を選んだわけではないのだ。 「…でも大学上がれたら私の小論文のおかげじゃん」 「だから遊びには行きましょて」 違わないようで大きく違うその意味を、私が一番よく分かっている。聡い彼は私が分かっているのを知っているから、答えを間違えない。 対抗する武器を使い切って黙り込む私に、水上は箸に刺した苺を突き出す。 「アスパラのお返し」 さっき彼がそうしたように、差し出されたそれを口に含む。 昼食も、苺も、そんなもの律儀に返してくれなくていい。そんなに怖がらなくたって、どうせ私はこれ以上は怖くて望めない。彼の線引きを超えたら終わってしまうだけだから。 「…刺し箸、行儀悪いよ」 スンマセン、と相変わらず水上は呑気に笑っている。私は今日も味がしない。 正しい距離