さんは俺の鞄から明日発売のファッション誌のサンプルを取り出すと表紙でポーズをキメている俺を指差してクスクス笑った。



「モデル君の顔してる」
「そんなの見なくていいスよ」



取り上げた雑誌を机の上に置いて、俺はもう一度事を進行するためにキスをして仕切りなおす。さんはまだふざけていたい気分なのか、俺が耳に、首に唇を落とすたびにくすぐったそうに身をよじりながら笑い続けている。



「もー、いつまでふざけてんスか」
「今は犬って感じ、表紙の人と別人みたいだね、わんちゃん」
「ちゃんと涼太って呼んでよ」
「りょーた」



酷く甘いのに、癖になる。流れるように勢いを増して止まらなくなった欲望が俺を掻き立てて、夢中にさせる。俺が必死に欲すれば欲するほど、この人は俺で遊ぶ。はち切れそうになった欲望を纏った下半身にさんが手をかける。上手い具合に乗せられて、恥ずかしげもなく俺は求めてしまう。もっと欲しい、って思ったところで止められる。こうやって、ずっと焦らされて、俺は追いかけることをやめられない。少しも楽になれないのに、その苦しささえ癖になっているのだから困る。
他の女相手にはもっとスマートに進められるのに、この人の前ではいつだって少しの主導権も握ることは許されない。心は少しも満足なんて出来ていないのに正直な体だけは理性に抗えず終わりに達してしまう。俺か彼女のどちらかが終わりに達すれば貴重な甘い時間は終わってしまう。だから本当はセックスなんてしたくない。いや、したくない、ってのは嘘だ。けど、とっくにそんなんじゃ満足できなくなってしまっている。俺だけが。本当にしたいことはこんなんじゃない、なんてダサいこと、言えるわけがない。この関係の進展の兆しは少しも見えないけど、この人が俺にそんなことを望んでいないことだけは分かる。



「…もっと会いたいっス」
「忙しいのは涼太の方じゃん、学校とー部活とーお仕事とー」
「そんなこと言って俺が連絡したって出てくれないじゃないスか…」



さらりと髪を撫でると、さんは何かを含んだように笑みを浮かべていたけど返事はしてくれない。俺がさんと会えるのは、さんが俺を呼ぶ時だけだ。俺がいくら「仕事終わったんすけど、会えますか?」とメールを送ろうと絶対返事をくれないのに、次の日に平気で「今からなら会えるよ」なんて寄越すもんだから俺は練習の後どんなに疲れていても、仕事が押していても出来る限り早く切り上げて会いに行く。俺がどれだけ努力して足繁く通おうが俺とさんの距離は縮まらない。多分この先もっと頑張ったって、何も変わらない。



「俺らって、いい加減何なんスか…」
「…りょーたはこの関係に名前、付けたい?」



一瞬、その甘い響きのせいで良い意味だと勘違いしてしまいそうになって、すぐにその微笑の向こうに隠れた翳りに気付く。これ以上は無しだと念を押されたのだ。
名前なんていらない、さんと会えなくなるなんて考えられない。そう言ってさんの首元に鼻を摺り寄せると、細くて冷たい腕が俺を抱きとめてくれる。こんな風に情けなく縋る女を何人も知ってる。馬鹿だって思って、その度に見下して、鼻で笑いながら捨てて来た。さんにもしそうされたら、きっと俺はもう俺じゃいられない。女みたいに媚びて縋る姿にはもうプライドもクソもないけど、これがなくなるよりはずっといい。
始まればいつか終わってしまうのだから、始まりなんて来なくてもいい。たとえ何も得られないとしても、楽になんてなれなくても、この人から受ける苦しみなら、全然いい。










こうやって僕はきっと溺れてゆく