「え、風丸、髪」
「皆それしか言えねーのかよ」
「えらくばっさり…」
「心機一転だよ」








彼女と別れて、慣れ親しんだ長髪にも別れを告げた。別に彼女にそんな思い入れがあったわけではなくて、単純にタイミングが良かったから。彼女とは続かないだろうって思ってたし、髪はずっと前から切ろうって思ってた。目に見える変化が欲しくて、手っ取り早く変わりたかった。よくよく考えてみたら、変わりたいから髪を切るなんて女々しい行為そのものが俺らしくてやっぱり人なんて簡単に変わらないんだと思い知らされた。






「またフられた?」
「また、は余計だよ、フられたけど」






フられるのは慣れっこだ。というか、恥ずかしいけど大学生にもなって自分から告白をしたことがない。自分で言うのも何だけど、俺はよくモテた。小学校の頃が人生で一番モテてた。小学生特有の足の速い奴が格好良く見える法則のおかげで、クラスの半分ぐらいの女子が俺のことを好きで、派閥に別れて大喧嘩になった。中学に上がってそのエピソードを円堂がふざけて話したらマックスに言いふらされて中学の間も散々からかわれたけど、冗談みたいなこのエピソードを疑う奴はいなかった。何故なら中学でも随分モテていたから。小学校での伝説を塗り替えるように、サッカー部に転部してからファンクラブのようなものが設立されファンクラブ内で随分揉め事があったらしい。好きな子は一応いた。告白してきた女子と付き合うことが数回あったけど、その子に告白は出来なかった。高校になるともう少し落ち着いて人と付き合えるようになって、嫌でも俺の本質は見抜かれる。
サッカーのことで常にいっぱいいっぱい、コンプレックスまみれで流されやすくてネガティブで落ち込みやすくて打たれ弱い。俺が女でもこんな彼氏は嫌だ。真面目とか男らしいとか言われてるらしかったけど、「思ってたのと違う」「面白くない」とか言われてフられるのがほとんどになった。自分から好きになった子じゃないとちゃんと好きになれないって、いい加減分かってたのに体裁すら怖い俺はそれなりに可愛い子と付き合って、コンプレックスまみれの自分の小さなプライドを守っていた。俺が好きになる子は俺を好きにならない。






「今度はなんて?」
「記念日に円堂との約束優先したら、円堂円堂ってホモなの?って」
「あー、それはわたしも否定しない」
「しょうがないだろ、派遣のバイト一緒に入れてたの忘れてたんだよ」
「風丸高校の時も一瞬ホモ疑惑立ったよね」
「マックスが勝手に言いふらしてたやつだろ」
「そういえば松野また彼女変わったって、アイツほんとうまいことやるよね」
「何でも器用なんだよ、アイツ」





器用な奴は羨ましい。多分中学の時も豪炎寺とか一之瀬のがモテてたけど、一番最初に彼女が出来たのも童貞捨てたのもマックスだった。「風丸は超イケメンだと思うけど僕が女でも付き合いたくねーかなー、サッカー部で誰かと付き合えって言われたら僕と付き合うわ」と冗談めかして言ったマックスの言葉に俺がまたクソ真面目に「俺が女でもお前みたいな奴と付き合いたいと思うよ」と返したことをからかわれて、高校で一瞬俺のホモ疑惑が立った。誰も本気になんてしないと思ってたのに「風丸くんあんまり女の子に興味なさそうな感じだもんね」なんて言われてるのを聞いてしまった日にはそれはもう落ち込んだ。
「風丸は性的な匂いがしないからだよ」というマックスの発言には非常に説得力があった。俺は性欲が薄い。初めての時に彼女に「女のあたしより顔も体も綺麗とかナイわ」と言われて動揺して上手く出来なかったことがトラウマで行為自体あんまり好きじゃないし、長く付き合うとどうしてもセックスレスになってしまう。彼女をとっかえひっかえしたいマックスの気持ちは分からない。
自分でも分かっている。俺と付き合ったって多分全然楽しくない。自分のせいでそうなってしまうのに、上手くいかなかった付き合いの分だけ俺はまた男としての自信をなくしていく。





「まあでもね、風丸の女の趣味もどーかと思うよ」
「…うん、あんま合わなかった」
「何かあれだったよね、JJ読んでます!みたいな」
「何だよそれ」
「女っぽーいっていうかさー、もっと明るくて引っ張ってくれる子がいいよ風丸には」
「そうだなー…」






俺はお前がいいんだけど、ってこういうタイミングでマックスなら言うんだろうか。でもアイツは勝率の高い勝負にしか出ない気がする。一之瀬は勝気だから、強引に行くかもしれない。何度もチャンスは見逃してきた。結局俺は自分が傷つかない道を優先的に選んでいるくせに、こうやって人と自分を比べて卑下することをやめられない。
俺は、本当の俺を否定されることが怖いから、昔からの俺のことをよく知っている友人ばかりに依存してしまう。別に外面を良くしよう良くしようとしているつもりはないのに、勝手に「いい奴」とか「完璧」とか勝手な印象を作り上げられる。本当の俺はそんなんじゃないって分かってほしいような気もするけど、知られたくない。きっとこの誰もが持ち合わせているような凡庸な悩みに俺は何年も苦しんでいる気がする。自分が少しも特別ではないと思い知らされる度に周りが眩しく見えて仕方がない。
にも随分長い期間片思いしている気がする。俺のこういうウジウジした情けない一面を見ても引かずに付き合い続けてくれる貴重な友人で、だからこそ慎重に、と思っていたけど友人から先に進むにはタイミングを完全に逃してしまって、腐れ縁の同級生に落ち着いてしまっている。
ちゃんと向き合うことなんて出来ないくせに、感情だけはしっかり持っているもんだから寂しくなって手ごろな女と付き合って、やっぱりこうやって上手くいかない。髪の毛と一緒に心も削ぎ落とせればいいのに。





「風丸はねー背負い込みすぎなんだって、髪の毛切ってちょっとはサッパリしたでしょ?もっと楽しいことだけ考えて生きな!松野を見習って」
「いやそれは手本が悪いだろ」
「恋の傷は新しい恋だよ!友達紹介しようか?」
「いらねーって、紹介嫌いなんだよ」
「駄目駄目もっと積極的にならないと、イケメンだけで通用するのは中学までだよ!」
「身に染みて知ってるよ」
「うわ嫌味」





「それにしてもさっぱりしたねー見慣れないわ」
ふわふわと揺らされる毛先がくすぐったくて、俺の髪を撫で続けるの腕を掴む。あ、ごめんごめんとすぐに引こうとする手を、ぎゅっと力を入れて握ると、「何、寂しいの?」とはクスクス笑う。






「かなり愛着あったんじゃないの?」
「…うん、俺一途だから」






握る手にもう一度力を入れる。流石に何かを感じ取ったのかは言葉を詰まらせる。このまま俺がちゃんと告白したら、多分、ちゃんと断られる。そう思うと指の感触も手の平の温もりも一層愛しく思えてきて、焼き付けるようにその感触に集中する。ちゃんと断られたら、ちゃんと前を向いて歩いて行けるだろうか。
上手に生きていきたい。今更になって、ぼんやりとそんなことを思った。



久々に風に晒された襟足が冷たい。














うつぶせの時間