私の不安が大きくなるのと比例するように、裕次郎の私に対する気持ちはどんどん小さくなっていたことは気付いていた。それと同時にあの子の方にどんどん傾いているということも。 走り去ったあの子を追いかけようとした裕次郎を辛うじて繋ぎ止めたものは迷いなんかではなくて、既に私と裕次郎の「恋人」という肩書きだけだ。 まさに急接近だった。ついこの間まで裕次郎は私のことが大好きで、私の言うことなら何だって否定しなかった。 後輩でテニス部のマネージャーである彼女の相談に裕次郎がよく乗っていることは知っていた。彼女は一生懸命だけどどこかトロくさくて、私の指導能力が低さも問題なのだろうけど、彼女のせいで私の仕事が増えるのはストレスが溜まったし、言い方はキツくたって、私がしていることはマネージャーの先輩としての後輩指導のつもりだった。涙を堪えて仕事をする姿には、私だって心が痛かったけど、裕次郎が彼女を庇えば庇うほど優しくなんて出来なかった。 帰り道、私と裕次郎はよく部活の愚痴を漏らしては励まし合っていた。それが、私が彼女に対する不満を口にすると、裕次郎は彼女の肩を持つようになった。耐えられなかった。私と裕次郎がうまくいかなくなるにつれて、裕次郎と彼女はどんどん親密になっているように思えた。どうしようもなく腹が立ったけど、プライドを捨ててもがくことも出来なかった。 すぐに泣くところも気に入らなかった。マネージャーの仕事がしんどいのは私だって同じだというのに、私はその理不尽さに腹を立てることさえあっても涙なんて一向に出てこないし、涙目にすみません、と頭を下げられれば私が何か悪いことをしているような気分にすらなった。 つい怒鳴ってしまった。「キッビシー、まるで鬼さー」と茶化す平古場の声に被さるように私に怒鳴り返してきたのは裕次郎だった。私に言い過ぎだってんなら、あんたは空気を読まなさ過ぎだ。 「違うんです、甲斐先輩、先輩は私のために…」なんて言い出しながら彼女の目にはまた涙が浮かんで、もちろん悪者のようになってしまって恥をかいたのは私だ。 逃げ去った彼女を弱いと思う私は、平古場の言う通り鬼なのかもしれない。 それを追いかける裕次郎。ほっとくわけにはいかないし、と思ってさらに私もそれを追いかけて、その先にあったものは裕次郎と彼女が抱き合っている光景。 彼女はわたしの顔を見てまた逃げたけど、力の抜けきってしまった私に追いかける力など残されておらず、ただひたすらに面倒臭かった。きちんと終わりにしなければいけないことが。 裕次郎の言い分を聞いてあげる気もなかったし、これがなくたって終わりは目に見えていた。話し合うつもりも怒るつもりも毛頭無かった。意味が無い、二人は想い合っていて、私だけが邪魔者で悪者なんだから。 裕次郎は、すぐに追いかけようとしたけど、ぐっと堪えて私の方に向き直った。今すぐに走り出したいだろうに、辛うじて「彼女」である私がそれを縛り付ける。 「もういいよ、行けば」 ヤケクソのように荒っぽく言い捨てると、裕次郎は泣きそうな顔になって、唇をぐっと食いしばった。泣きたいのはこっちだ。見ていられなくなって、早く行けと促すように手を振ると、「ごめんな」と言って裕次郎は走り出した。一度だって振り向かないことは分かっているのに、見えなくなるまで裕次郎の背中から目は離せなかった。きっと泣いているあの子の元に颯爽と登場する裕次郎はさながらヒーローで、ヒロインのあの子と新しい物語を始めるのだろう。私にしてみれば彼氏を横取りされたってだけのよくある話だと言うのに、やってられない。走り去った裕次郎のやたら爽やかな背中とか、ぐしゃぐしゃの泣き顔だって可愛いあの子の顔を思い出して、全員死ねばいいのに、と思った。 09. 鳥 |