白菜やネギの飛び出たスーパーの袋を左手に、フライパンの柄や鍋の蓋が半分飛び出た大きな紙袋を右手に、という大荷物でひたすら駅を目指す。何度ももう自宅までタクシーに乗ってしまおうかと考えたけど、これ以上無駄な出費を増やしてなるものかとい思いだけで足を進めた。


つい先程、私の恋は終わりを告げた。情けないことに、この歳になって恋人との離別ではなく、ただ一方的に失恋をした。年を重ねるにつれて落ち着いて恋愛が出来るようになったと思っていた私を、思春期の少女のように狂わせた男だった。いや、思春期の私でも今のこの情けない姿を見たらドン引きするだろう。


彼はよく寝る男だった。所謂合コンで出会った慈郎は数合わせで来たのか、さして会話にも参加せず、ボーっと人の話に相槌を打ったり、時折ジョッキを口に運ぶだけだった。その整った顔と気怠い雰囲気に興味を示す女性陣から会話を振られても軽い返事をするだけで、中盤以降はウトウトと船を漕いでいた。方向が同じという理由で、一緒にタクシーに詰め込まれ、案の定寝入ってしまった彼のポツポツと話す情報を元に何とか家の前に辿り着き、ありがとね、と言われてその日初めて彼とまともに会話したと気付いた。その二言目が「寄ってく?」と、仰天の発言だったにも関わらず、気付けば私は一緒にタクシーを降りていた。


翌日、よく知らない男と寝てしまったという後悔と居心地の悪さによそよそと着替える私の背中に慈郎は「もう帰んの?土曜なのに」と無邪気に言った。今思えば彼のこういう気まぐれな無邪気さに振り回されて今に至っている。ただ、その時の私は、その後も彼と過ごすことを許されたのだと、舞い上がってしまっていた。

一晩限りかと思われた関係は、その後も週末に何度か呼び出されたりすることがそれなりに続いた。

慣れれば意外とよく喋る男だと気付いて、変化を知るたびにどんどん私はのめり込んだ。私の生活は慈郎の連絡を待つことが中心となり、夢中になるほど肝心な言葉がないことへの不安で私の心はいっぱいになった。


彼は、不用意に私を喜ばせるようなことを言わない。でも、セックスの最中は優しかった。何度も余韻の中、肝心な話を引き出そうとしたけど果てた後すぐに寝てしまう彼とまともな話が出来たことはなかった。


限界だった。今日も、いつもと同じようにすぐに眠りにつこうとする慈郎を私はしつこく起こした。彼は酷く不機嫌になった。


「ほんとに眠いんだけど…何がそんなに話したいの?」

「…だから、今後のこととか」

「なに今後って」

「いや、私は、慈郎のこと好きだからちゃんと慈郎の気持ちも聞きたいんだってば」

「もー、嫌いだったら家とか入れないってわかんじゃん、何より好きだったらいいの?」

「そういうのじゃなくてさ、こんなの変じゃん…」

「お前が変だって思うなら変なんじゃない?」


彼のサイクルを崩すことは、地雷だった。

じゃあちゃんと付き合おうか、と言って欲しかった私の僅かな希望は打ち砕かれた。まだ眠そうな目を擦る彼は不機嫌の空気を隠そうともせず、ただ私が消えるのを待っているようにしか見えなかった。

「私帰るね」と、かろうじて出した声が震えた。何もかもなかったことにして逃げ出したかった。

待って、と声がして立ち止まる。


「俺料理とかしないし、色々持って帰って、もったいないし」


すぐに次の言葉がなければ、また私は淡い期待するところだった。これだけの仕打ちを受けておきながら、止められれば止まるつもりだったのかと自分が愚かで恥ずかしくて仕方ない。

「色々」に何が含まれているのか分からなかったけど、今日二人でしようと浮かれてかった鍋の具材や、調理器具のない彼の家に私が持ち込んだ安いフライパンなんかもその辺に転がっていた紙袋に突っ込んだ。慈郎が何も言わないということはきっと私の行動は正解なのだろう。今後ここで寝ることも、料理をする権利も、私は失ったのだ。


「じゃあね、気を付けて」


まるで明日もまた会うかのように、軽い挨拶だった。彼と一緒にいるには、それぐらい軽い関係でいなければいけなかったのだ。いずれはこうなっていたという自信がある。慈郎も、踏み込みすぎた私のことが煩わしくなって来た頃だったんだろう。

きっと彼は明日からも元々私がいなかったかのように、好きな時間に寝て起きて、自由気ままに生きていく。私は、慈郎と出会う前どんな気持ちで朝起きて、仕事に行って、帰って、眠りについていたのかもう思い出せない。私の生活だけが狂って、終わった。



あれから数週間経った。処分がめんどくさくてフライパンや鍋は今も私の部屋の隅っこで佇んでいる。二人分の野菜は結局一人では処理しきれず、腐って捨てた。もちろん彼からの連絡はない。





耽溺