よくもまあそんなに集中して目が疲れないもんだと思うけど財前は一度テレビゲームを始めると平気で休憩無しに6時間連続でやめなかったりする。その間彼はスナック菓子をかじったりとっくに気が抜けているであろうコカコーラに何度か手を伸ばすけど、ほとんどは絶え間なく右手に煙草を挟んでは吸い込んで、吐き出している。今となっては慣れてしまったけど財前の部屋は煙草くさい。最初はお気に入りのワンピースとかブラウスを着て来て匂いが付く事が躊躇われたけど、ほとんど一緒に住んでいる今となっては関係なくなってしまった。ほとんどの時間を財前と同じくスウェットや財前のかつて着ていたユニフォームを着ていることが多いのでお気に入りの服が取り出される機会は格段に減っている。きっと私が気付いていないだけで部屋の隅に畳んだままの真っ白なブラウスも黄ばみ始めているんじゃないだろうか。
友人達は大学に入ってからの超インドアな財前しか知らないから口を揃えて信じられないと言うけど、これでも財前は中学高校の間はテニスの超強豪校の正レギュラーだった。その姿を見てきていた私ですら、あの時の財前の方に違和感を感じるのだからそうなることは当たり前だ。あの姿が決して夢ではなかったと言わんばかりに財前の部屋のCDラックの上には財前が受賞したトロフィーや賞状が無造作に転がっている。こんな大切な物を少しも大切に保管しないところが財前らしいなと思うけど、これが欲しくて泣いて努力してきた子達が大勢いるだろうと思うと、この扱いは皮肉だよなあ、とも思う。
一応彼もスポーツマンである間は煙草は吸っていなかったらしい。別に私はテニス部の内部事情に詳しいわけじゃないけど、あれだけ有名な強豪校にもなるとそりゃあ有望選手が喫煙で問題沙汰になったりすればどうなるのかぐらいは想像がつくので本当だったんだと思う。元々は子供のために禁煙させられているお兄さんの買い溜めてあったものを暇つぶしで吸い始めたらしい。それが今では立派なニコチン中毒になり、私は別にうるさく言う方ではないと思うけど、一緒に徹夜でエヴァンゲリオンのDVDを見続けた時には、最終回の頃には大振りの灰皿にもう灰すら乗らないほど吸殻が山積みになっていて流石に控えたほうが良いんじゃないかと提案したほどだ。




財前がゲームをしているのを見るのは好きだった。財前がカチャカチャとコントローラーを操作する横で大人しく画面を見ているだけだけど、一度見始めると知識が無いなりにストーリーの続きが気になってしまって、いつの間にか一緒にテレビに向かうのが習慣化した。財前も邪魔だとは思っていないのだろう、止めることもなければ、むしろたまに解説を加えてくれたり、新しくゲームを買ってきた時には「これさんの好きそうな金髪のキャラ出ますよ」なんて教えてくれたりする。逆に私がファッション雑誌を読んでいて財前が手持ち無沙汰な時は一緒に雑誌のページを捲りながら「この子の髪が好き」とか「趣味悪い」とか言い合ったりする。趣味は違えど、財前といる時間は楽しかったし酷く落ち着いた。




財前とは一緒に住んでいるけど別に私は財前と付き合っているわけではない。セックスもない。厳密に言うと全くないわけではないけど、数にしても今までで二回だけだ。一度目はまだ半同棲を始める前に、私が彼氏と酷い別れ方をして、どうしようもなく不毛なセックスがしたくて私が誘った。二回目は財前がバイトの飲み会でべろんべろんになって帰ってきたとき。珍しく甘えてくるのが可愛くて、なあなあで受け入れていたらそういうことになってしまった。多分財前は同世代の男子に比べて性欲と言うものが極端に少ない。むしろあまり好きでない、とぽろっと溢したのを聞いたこともある。私達は毎日同じ布団で寝るけど、きっと彼は私が求めない限り求めてくることはないのだろう。
財前とは中高と四天宝寺で一緒だったけど別にその時は仲が良かったわけでもないし、私の元彼繋がりですれ違い様に会釈をするぐらいの仲だった。財前が後輩として大学に入学して来てから学部が同じでちょくちょく会うようになって、小学生になる兄夫婦の子共が実家の財前の部屋を使いたいからという理由で家を追い出され一人暮らしを始めたと聞き、都合よく利用させてもらっているうちに今の関係が出来上がった。私は荷物を取りに帰ったりする時以外ほとんど自分の家に帰らない。財前はテニス部時代の友人や先輩が来ることはあっても、ほとんど私も顔見知りだったし、彼女がいるわけでも女を連れ込むわけでもなく、私を追い出そうとはしなかった。不健康だって思うけどそれを利用させてもらっている私は何も言わない。




今日も彼は変わらず規則的に煙草を銜えては煙を吐き出している。何がそんなに財前を虜にするのかと気になって、灰皿の口に掛けられた彼の吸いかけの煙草に手を伸ばして口に運ぶと、ふかすだけにしといた方がいいすよ、と別に止めるわけでもなくそう言った。ふかすとか、肺に入れるとか、よく分からなかったのでとりあえずいつも財前がしているのを思い出しながら息を吸い続けると、苦しいと感じる前に咽た。財前はほらー、と少しだけ呆れた声を出したけど特に止める様子もなかったので、私は自分で調整しながら少しずつ煙を飲み込んでいく。簡単に一本分を吸い終えてしまい、財前は新しく取り出した一本に火を点けている。なるほど、これはもったいない。なんて儚い消耗品なんだろう。
とにかく口の中の不快感を拭いたくて、洗面所に向かおうと立ち上がった。瞬間、ふらついて膝を着いた。立ちくらみだろうか、少し吐き気もする、なんて考えながら動かないでいると財前が「あ、ヤニクラすわ、しばらくしたら治りますよ」と言って私の手を引いて自分の横に座らせた。もたれて座るよりも横になりたくて、財前の膝を枕に寝転がった。




「ヤニクラ…?」
「慣れてないのにいきなり吸いすぎたらなるやつ」
「えーはやくゆってよ…きもちわる…」
「忘れてた、ってかなる人とならん人おるし」
「財前は気持ち悪くなんないの」
「流石に、もう」
「いいことないわ、こんなん」
「そうすよ、これが気持ちよくなったらオワリ」




珍しく財前は笑っていた。これだけ一緒にいても財前が表情を変えることはほとんどない。彼との生活は楽しくて落ち着くけど変化がない。それが愛しくもあるけど、時々私は怖くなる。いつか終わるこの生活の終わりがどのようにやってくるのか。目を瞑ると財前が私の目に手を覆い被せて来たので、私もその上に自分の手を重ねる。いつも財前の手はひどく冷たい。冷え性だと言う彼のためにわざわざ温泉の素を買ってきたのに、彼は年中シャワーしか浴びない。不健康だ、彼も、こんな生活も、こんな関係も。
財前の手を握ったまま引き寄せて、強引に唇を合わせた。強引に、と言っても別に彼は逃げることはしない。初めてではないとは言え普段からしているわけではないので、彼は私の行動の意味が分からないというように眉をしかめて「なんすか」と言って私を見下ろしている。私が「別に」と言い返して、この話は終わる。私達にはこれ以上もこれ以下もない。財前も同じ態勢でいることに疲れたのか体を倒して私の横に寝転がって色んな態勢で体を伸ばしている。
財前との生活は愛しいし、財前のことを好きだとも思うけど、きっと私の中で彼への感情が今以上に盛り上がることは無い。財前とのこの生活を始めてから随分経つので私も友人には長らく彼氏がいないと思われている。そんな私を気遣って友人は絶えず合コンや紹介の話を持ってくるし、私はそれを特に興味もないけれどたまには受け入れたりもする。その中で私に好きな人が出来たら、財前とのこの関係はどうなるのだろう。財前にも好きな人が出来たとき、私は何と言われるのだろう。私も彼もあまり変化を好む方ではないけれど、ずっと変わらないことが分かっている、というのは恐ろしいことだ。きっとその本当の恐ろしさも私はきっとよく分かっていない。




財前のアイフォンから警報のような音のアラームが鳴り響く。いつものことだけどこの騒がしさは慣れない。22時にセットしているということはもうすぐ彼は深夜のアルバイトに向かうのだろう。原付バイクで10分ぐらいのコンビニで財前は働いている。自給が良いことと夜に強いということで深夜にもよく入っている。私もバイトはしているけど昼や夕方がメインなので下手すれば財前とは真逆の生活を送る日が続いたりもする。今のところ最長でも1週間ぐらいだけど、多分私達は一ヶ月ぐらい会わなくたって、今のペースや距離感を見失わないと思う。





「風呂入って行かな」
「ん」
「あ、さん明日学校行く前寄れたらTSUTAYAにDVD返しといて」
「あーいいよ、明日から昼からだし」
「どーも」
「ついでに続き借りとこっか、私も続き気になるし」
「まじすか、じゃあ頼みます、4巻からね」
「はいはい、いってら、あ、ビール切れてるから」
「アンタ一人で飲みすぎでしょ、…はいはい」





『ヤニクラ』の気持ち悪さがまだ取れなくて、私は少しでも楽な態勢を探そうと床をごろごろと転げまわる。風呂場からTシャツにボクサーパンツという姿でバスタオルを取りに来た財前に、何してんすか、と呆れた声で言われ、うるさいな、と言い返す。自分でも思ったよりも強い口調になって驚いた。私は機嫌が悪いんだろうか。財前は気に留める様子もなく私を無視して風呂場に戻っていく。
きっと違和感を感じなくなったらおしまいなのだ。財前の「これが気持ちよくなったらオワリ」という台詞が頭の中でループする。終わるんだろう、その時が来れば。終わることが怖いと思うし、終わらないのはもっと怖い。だから今はこれでいいのだろう。少なくとも財前といると一人でいるよりもずっと満たされる。マイナスになってないうちはきっと大丈夫なんだ。煙のような日々に煙のような関係。









lack of sweetness










追いかけっこ に続く