「元気そうじゃん」

「え、何、どしたの」


別に、と許可を取ることもなく浜田の家に上がり込む。高校生で親の目が届かず、お金もかからない体の良い遊び場として打ち上げだなんだとその度に大勢でここに押しかけた。つまり、私以外にも数人がこの住所を把握しているはずなのに、浜田の驚きぶりを見ると私が初めての来訪者だったと見える。

なんとなく、そうだろうなという予想はあった。以前ここに一緒に来た友人達は「うちのクラス最高」と騒いでいたというのに、浜田の不穏な噂が広まると手のひらを返したように「あいつヤバイよね」と薄ら笑っていた。浜田は、噂を肯定するように沈黙を貫いていて、すっかり学校にも来なくなった。


「もう学校来ないの、アンタ留年しちゃうよ」

「…辞めないけどさ、夜バイトしてて起きれないんだよね…留年は覚悟してる」

「…ほんとに彼女妊娠させたの?それでそんなお金いるの?」

「いやいやさせねーよ、流石に…まあでもね、うん、なんかお金もだけど、行く気になんなくて」

「今、彼女は何してんの、彼氏学校休ませてさ」

「ふつーに働いてんじゃないかな、もう俺彼氏じゃないから分かんないけど」


確かに、彼女がどうだとか言われている割に浜田の部屋は女っ気もなく散らかっていた。まさに寝床という感じで、抜け殻のように浜田の形を保ったベッドの上の布団だけはやたらと生活感がある。


「飲まない?酒買った」


袋から取り出した缶チューハイを5本床に並べると、浜田は呆れたように頭を抱えた。高校生が堂々と買うなよ、なんて言って、もう自分は高校生でもないつもりなんだろうか。自分の分と浜田の分、プルタブを開けて「カンパイ」と1本を押し付ける。諦めたように浜田も小さく「カンパイ」と呟いた。


浜田は3本目に差し掛かる頃、「浮気されてたんだよね」とポロリと溢した。さっきまで気まずそうに苦笑いを浮かべていた浜田の顔は少し緩んでいた。恐らく少し優位に冷静を保っているであろう私は、問い詰めたい気持ちを必死で押さえて、浜田がぽつぽつと溢す言葉の切れ端を必死に集めた。残る理性が食い止めるのか歯切れの悪い浜田の話は中々核心を捉えない。結局肝心な部分は濁すばかりで結局良く分からなかった。ところが「酷い女だったけど、別れたくなかったのは俺なんだよね」なんて言って浜田がついに泣き出したので、待ちわびた私はここだと確信して、手を握る。


「私今日、慰めに来たの、しようよ」

「…それしたらさ、彼女にされたことと一緒じゃね?」

「全然違うじゃん」


いいのかな、とぼんやり呟いた浜田はもう私の体重を拒まなかった。形を残したままの布団を押しつぶすと、ふわりと浜田の匂いが広がった。


全てが終わってから冷静さを取り戻した浜田はやっぱり「ごめんな」なんて無責任な謝罪を口にして、申し訳なさそうな顔をした。私は「ごめんな」の真意については考えないように、それ以上何も言わせないように「何が?」と食い気味に言い返して、身支度を整えた。

「また来るから」


強く言い切ると、また浜田は被害者みたいに心痛めた顔をしたけど、「ありがと、嬉しい」と私を抱きしめた。きっと私が出来る最善の選択だった。


私が何度ここに来ようが、どんな言葉をかけようが少しも浜田を救う気がしない。束の間の欲が満たされようが、きっと相手が私では駄目なんだろう。慰めに来たなんて傲慢を押しつけているだけで、これはきっと私の救済だ。無関係でいないためには私にとって方法がこれしかなかった。

私にとって最善の選択だった。



ふがいない爪あと