もし無惨を殺すことが出来たらと何度も夢に見て、その明るい未来に思いを馳せた。鬼のいない平和な世界、そこには希望しかないはずだった。私達は、多くの犠牲を払ってその願いを実現させたというのに、今の私は思い描いたような温かく穏やかな日々とは程遠い時を過ごしている。

無惨の死後、程なくして私を含め傷を癒した隊士達は元の生活が出来るほどに回復し、鬼殺隊は解散となった。目的も失い、行く当てもない私だったけど、恋人である義勇が生き残れたことが幸いだった。随分と無茶をしてきた私達のこの先は短いかもしれないけど、二人寄り添って余生を静かに過ごしていくつもりだった。それだけを励みに療養に専念したけれど、身体の傷は癒えた後も、心の傷は中々癒えなかった。

私の一番大切だった人、錆兎は鬼に殺された。同じ悲しみを分かち合うように、自然と義勇と一緒になった。当初はもっとそれらしい正義感からあの場所を目指したはずだった。錆兎を失ってからは、錆兎のために、鬼への復讐のためだけに生きてきた。その復讐は果たしたというのに、私はどうやらまだその憎しみと悲しみの渦から抜け出せずにいるようだった。

夜になると鬼が襲ってくる気がした。錆兎や同僚の死んでいった姿が何度もフラッシュバックして、眠れなくなった。泣き喚く私を義勇はいつも朝まで宥め続けた。私だけが幸せになることを許さないと言われている気がして、何度も記憶を打ち消すように泣いて、暴れて、謝罪を繰り返して、気を失ったように昼間に眠り続ける日々が続いた。
義勇はその度に「大丈夫だ」と「皆がお前を責めるわけない」と繰り返した。これではまるで私が鬼だと、自己嫌悪で余計に不安定になった。支えが必要なのは自分だろうに、義勇は片腕で朝まで私を抱きしめ続けた。いつまでも前を向かない私のせいで、彼もまた私から錆兎を奪ったという後悔を抱え続けている。

今日もまた、彼は私の泣き声で目を覚ます。そんなはずがないのに、自らの手が血で濡れているような錯覚で、恐慌を起こした。いつものように疲れ果てるまで暴れて、何も汚れてはいないという義勇の声がやっと耳に届いて少し冷静になる。それでもぬぐい切れない恐怖と虚無感に泣き続ける私を義勇は抱きしめる。いつになったら私はこの苦しみから解放されるのだろう。いつになったら私は義勇を解放してあげられるのだろう。

「大丈夫だ」
義勇は私を抱きしめる腕に一層力を入れる。一人は嫌だと、錆兎に会いたいと、それを彼に告げることがどれだけ残酷であるかを分かりながら毎日駄々をこねる子供のように同じことを繰り返す。

「俺が一生傍にいるから」

言葉の通り、きっと義勇は残り少ない自分の一生をかけて私に尽くし続けるつもりなのだろう。それが己の贖罪だと思っているに違いない。
私達は一緒にいない方が良かったのかもしれない。一人では足りないから補うように一緒にいることを私達は選んだけど、結局二人でも埋めあうことが出来なかった。私達の望む平和な日常は訪れたというのに、奪われたものはあまりに大きかった。私はこの先ずっと、義勇の人生を犠牲にしながら癒えない傷にもがき苦しみ続けるのだろうか。
義勇を強く抱きしめ返す。馴染んだ肌も、「大丈夫だ」という低い声も酷く落ち着くのに、「違う」と頭の中で別の自分がまた喚き声をあげている。あれほど望んだ穏やかな日々が、果てしなく続いていく生き地獄のようだ。

私達はいつ、救われるのだろう。




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