「痛い、痛いブン太離して」












アルコールのせいで真っ直ぐ立つことすらままならない遥の腕を手加減することもなく引っ張り続ける。この時期の夜の海岸は相当冷え込んでいるはずだけど、興奮した俺の体温は上がり続けるばかりで、冷たい風は肌に感じるものの少しも寒く感じなかった。薄着の遥は相変わらず呂律の回らない甘ったるい声で、寒い寒いと叫んでいる。







離せと言う遥の要望通り手首の力を緩めるたけど、遥はほっとするどころか一層気まずそうに俺から目を伏せたまま立ち止まった。罪悪感から俺の目が見られないという程には酔いが覚めているらしく、俺から切り出すのを待っているのか、自分から言ってしまおうとしているのか、曖昧な動作を続けている。








遥が今自ら謝ってきたとしても、多分俺は許せない。
遥の酒癖の悪さなら重々身に染みていた。そもそも俺と遥の始まりも酒の場での粗相からだったから。酒に任せて手を出しておいた俺が怒るのはおかしいかもしれないけど、酔いの回った遥はとにかく無防備なのだ。さらに自らの悪ノリも過ぎるのだから、これがただのゼミの飲み会なんかじゃなくて、俗に言うヤリサーなんかだったら遥なんて輪姦されまくって妊娠してたっておかしくないんじゃないだろうか。
トイレに消えた遥がしばらく帰ってこなかったので、嫌な予感がして見に行くと案の定他の男とトイレの前でしゃがみ込んでキスをしていた。冷静になんてなれるはずがない。無抵抗で俺に謝り続ける男の顔を殴りつけて、荷物も持たずに遥を外に引っ張り出した。









裏切られた、とは不思議と思わなかった。自分と遥の始まりも遊びからであったように、きっとそれまでにも十分に遊んできているだろうという想像は出来ていた。俺が遥と居て楽しいと感じるほど、遥がさほど真剣ではないのだろうということも伝わってきた。どうしようもなく悔しかったのは、その光景を目の当たりにしたことで、遥にとって俺と付き合い出したことにやはり大した意味などなかったのだと思い知らされたから。きっとあの日遥の隣に座ったのが、あの男だったら今頃遥が付き合ってたのはあの男だったのかもしれない、そう思うと、始まりを正当化するように遥に対して真剣になる俺ばかりが馬鹿みたいだった。











「お前、自分が何したか分かってんの」
「…ほんと反省してる、でもすごい酔ってたから全然分かんなかったの、今何してるかとか」
「何でお前ってそうなの?」
「でも…自分だって最初は笑いながらコールとかしてたじゃん…」
「限度があんだろっつってんだよ」
「ごめんって、ブン太、ごめんなさい…もうしない」
「…変わんないじゃん…お前」









俺が何度泣こうが怒ろうが、結局遥はやめられないんだろうと思う。もうしない、と言う言葉を俺が何度信じようとまたその状況が訪れれば遥はきっと同じ事を繰り返すのだろうと根拠のない自信だけがある。今日あの男とキスをして俺を傷つけたことも、もうしないと誓ったことも、明日の朝になればそれはきっと遥かの中ではぼんやりと夢のような出来事になって、平気な顔して、おはようなんて言ってくるんだろう。それを罪だと責めるには俺と遥の価値観は大きく違いすぎている。その愚かさすら好きになることが出来ればどれほど楽になるだろう。遥の本気が見えれば俺だってももっと好きになれるのに。今だって好きだから腹が立っているはずなのに、
今どうしようもなく俺は彼女のことを軽蔑している。



















不実の種まき



(企画SOSO アルコさまに捧げます)