私の隣に転がる大きくて美しい身体を眺める。その背骨をなぞると、彼がこちらに向き直って大きな手で私の頬を撫でる。寝起きのくたびれた顔なんてマジマジと見ないで欲しい。数日前に侑くんと会うと決まってから、クタクタのまつ毛エクステを付け直しに行って、美容院に行って、前日には一番高いパックをして、セールじゃない高いワンピースを買った。会社で「今日なんかあるの?」なんて聞かれるほどめかし込んでも、彼の前では少しの自信も持つことができない。そうでもしてやっと会う資格を得るような気がして精一杯出来る限りの人工的な装飾を作り込むけど、自然体でも堂々と生きる彼の前ではそんなこと何の意味も為さないような気もする。

誤魔化すように私も彼の顔に手を伸ばすと、鼻に下に私の付けたてのまだカールの効いた偽物のまつ毛がついていることに気が付いて、思わず吹き出す。何なん?と、少しも焦ることなく侑くんも笑っている。
私が同じことをされたらきっとこんな風には笑っていられない。化粧がヨレていたのかもしれない、前髪が崩れているかもしれないとトイレに駆け込んでまた侑くんを白けさせるに違いない。
侑くんとの時間は少しも気が休まらない試験のようだ。一つ解答欄がズレるごとに、その失敗が致命傷のように広がってきっと私に消えないトラウマを植え付ける。

「私のまつ毛ついちゃった、ちょび髭みたいになってる」
「うそやん、見たいねんけど」
「可愛いから写真撮っていい?」
「ええけどフライデーに売るんとかやめてやー」

侑くんの声色には何の悪意もない。私は彼のこの悪気の無さが恐ろしい。ただ、それをされては困るというほどにはのこの不誠実な関係の自覚があるのだと思うと、その狡猾さが憎らしい。「売られるようなこと、しないでね」と、その目に訴えかけても彼は仔犬のように小首をかしげるだけで、私はその無垢な瞳を裏切るようなことは出来ないと思い知る。どうせならもっと酷くしてくれたら、私はあなたから離れられるかもしれないのに。侑くんは純粋で、残酷だ。

薄暗い部屋の中インカメラを起動すると生々しく私達の肌が白く光る。明らかに「事後」を匂わせる姿にも侑くんは怯むことなく顎に指を当てて「シャキーン」なんてふざけながら戯けた顔でカメラに映って見せる。同じポーズと撮って精一杯自分が「きちんと」映らない角度を探す。侑くんは、ちょび髭をつけていたって、汗で前髪がヘタっていても私にとっては360度美しくて、何度会おうとその魅力は色褪せない。私はそれが怖い。
きっと明日から何度もこの写真を見返して、次の連絡を待ってしまう。情けなく笑う自分を羨みながら。


ちゃん明日仕事?」
「仕事だよ」
「めっちゃ偉いやーん、俺もう次の日オフじゃないと遊ぶん無理やわー」
「私だけじゃなくて世間のサラリーマンはみんな仕事だって」
「俺絶対無理やねんけどー」

「無理」だと、私の「今」を否定される度に、翌日が仕事なのにこうして疲れた身体に鞭打って無理に時間を作って会いに来る私のことを見下されている気がしてくる。「俺はお前のためにそこまでしない」と、改めて突きつけるようなことを言わないでほしい。でも彼はわざわざそんな嫌味を言う人ではない。他意はないのだろうと気持ちを抑えても、彼の中で無意識に私がそういう情けない女に成り果てていることには間違いない。そんな考えばかりが止まらない。彼といると私は美しくないどころか、どんどん卑屈で嫌な女になる。

ただ困らせないだけで、面白くもなんともない女。ほんの少し彼の好みに私の何かが触れただけ、それだけで始まって、それ以上にはならない関係。

ちゃん忙しいもんなあー、次いつ会えるやろ」

忙しいのは、私なんかではない。私が彼の誘いを断ったことは一度もない。なのに、こうやって「普通」の生活をする私のせいにして、どれだけ待たされてきただろう。中々会えないのは私が忙しいせい、私もそう思い込むことが出来ればどれだけ楽になれるだろう。そう思いながら「いつだろうね」と笑うことしか出来ない。こんな私への興味など、尽きてしまう日は多分そう遠くない。

「テレビ付ける?前侑くん好きって言ってた番組やってる時間じゃない?」
「テレビなんてええやん、もうあんまり時間ないし」

にい、と侑くんはまた子供みたいに笑っているけど、その言葉の下に確かな欲望をにじませている。体勢を変えて私の上に覆いかぶさると、眠る前にかろうじて羽織ったホテルの安っぽいバスローブの紐に手をかける。私は受け入れるように彼の首に手を回す。
少なくとも私のバスローブの下にあるものは、彼にとって好きなバラエティよりも今価値があるのだと、可哀想でくだらない小さな安堵を胸にゆっくりと私は目を閉じる。






ついではいで腐敗