酷い喉の渇きと胃の不快感で目を覚ました。見慣れた天井で、自分がいる場所が自宅だと気付く。記憶を整理しようにも、ここに至るまでの記憶が一切ない。目が冴えてくるにつれてこみ上げる吐き気に緊急性が迫って来たので一先ずトイレに駆け込む。吐けども吐けどもアルコールの余韻の残る水分が出てくるばかりで、これは完全にやらかしたやつだ、と感覚的に理解するが、やはり記憶が蘇ることはない。


やっとの思いでリビングまで這い出て水を飲む。昨日は、侑くんと久々にご飯に行ったはずだった。私が彼と会うことは許されるのは、彼にとって都合がよく、よほど気が向いた時、それに尽きる。実際、プロスポーツ選手として海外を飛び回る彼の予定を把握することなど出来ないし、私はそれを知り得るに値する関係ではない。「落ち着いたら連絡するわ」と彼が言えば大人しくその時を待つ他私には手段がない。それが「来月中頃そっちの方行くわ」と言われれば私は1か月間予定を入れないし、「明日やったら会えるかも」と言われれば仮病でも何でも使って必要な残業だって投げ出して時間を作る。親の危篤すら投げ出すんじゃないかと自分でも恐ろしい執着だ。有名人だからとか、そういうことじゃなくて、何故かそうさせる男だった。


「シーズン落ち着いたから時間できそうやねんけど飯でも行かん?」


と、侑くんからラインが来たのが昨日。3か月ぶりの連絡だった。待ち望んだ彼の名前がタイムラインに上がるだけで夢でも見ているような気持ちだった。返すタイミングを見計らっている間に他の予定を入れてしまうかもしれないと「いつでも空いてるよ」とすぐに返事をした。「返事早いわ笑」と茶化されて、酷く情けない気持ちになった。きっと彼の中で都合の良い女レベルをまた一つ上げたに違いない。もうここから私が彼にとって重要な存在になり得ることはないと痛いほどに理解してしまう。でも、出会ってからどこに戻ってやり直そうが、私が絶世の美女であったって、そんな未来はありえなかったような気がする。誰のものにもならないことを許されている彼を、一時の間でも独占できることは幸福であることには違いない。恨むのであれば、彼と出会ってしまった運命自体を呪うしかない。


どうせセックスが目的だと思った。それでも私にとっては待ち望んだ連絡だった。

顔を洗おうと洗面所に向かう。鏡に映るボサボサの頭に、アイシャドウの滲んだ酷い顔、油臭い衣類に我ながらうんざりする。ああ、昨晩は抱いてもらうことすら出来なかったのだと。ここまで送り届けるに至るまで、彼にとってどれだけ煩わしかっただろう。

知りたくないけど、何があったのか確かめなければいけない。何か連絡が来ているかもしれないと、やっと鞄の中に入ったままのスマホを手に取る。


初めて今が昼前だと理解するが、そんなことはどうでも良い。「あんまり飲みすぎたらあかんでー」と、侑くんからのラインが入っている。時間は夜中の2時だ。きっと私を送り届けたあとに送って来たものだろう。やっぱり、やらかしてしまったことに間違いはないのだと改めて絶望する。何故そんなになるまで飲んだのだろうという後悔はもう遅い。


「迷惑かけてほんとにごめんね。タクシー代返したいし、お詫びもしたいんだけど次いつ会えそう?」


と、懲りずに私は恥ずかしげもなく彼を誘う。一時の欲ですら彼を満たせない女だと思われることが酷く怖くなって焦った。すぐに既読がついて「懲りてないやん笑 しばらくちゃんは禁酒しなさい」と文字がポップアップして、全身の力が抜けていく。しばらくお前は必要ないと、落胤を押されてしまった。じわりと涙が浮かんでくる。仕事だって、人間関係だって、もう悲しくて泣くことなんてないのに、侑くんに関わることには私は年齢もプライドも忘れてしまう。きっとしばらくは何も手につかない日々が続くのだろうと思うと、悲しくてしんどくてどうにかなりそうだ。彼の何がこんなにも私を支配するのだろう。どうして、絶対に手に入らないけど絶対に欲しいものになんて出会ってしまったのだろうと思うと、彼を私に引き合わせた友人や、理性の弱い自分には酷く憎らしい気持ちになるのに、やっぱり彼にだけは少しも憎しみが沸いてこない。何故かそうさせる男だった。




征服者